スブドのラティハンとはどういうものなのか

スブドは宗教ではなく、教えでもありません。スブドの本質はラティハン・クジワァンと呼ばれる体験の中にあります。ラティハンとはインドネシア語で「訓練」とか「修練」という意味で、クジワァンは「魂」とか「霊」を意味する形容詞です。
久しく人類が忘れていた神と魂の存在についての知覚を取り戻すこの最初の体験がインドネシアの一青年ムハマッド・スブーにもたらされ、それによって大いなる力と接触する方法が再び可能になったのです。ラティハン・クジワァンを受けることによって、思考や感情から解放され、普通では知ることの出来ない神の力を受ける通路が開かれます。
このスブドのラティハン・クジワァンの特徴は、まずそれを受けることがとても容易で単純だということです。私たちはラティハンの中で何もする必要がありません。それ自体が心や感情の伴わない魂による人間の神への「礼拝」を意味しています。そして最初のラティハンであるこの魂の覚醒をスブドではオープンと呼んでいますが、そのときに求められるのは、神の力に服従しすべてを委ねるという態度だけです。

ラティハンのプロセス

ラティハンで何を受け、何を体験するかは皆一人一人違っており、各人の条件、内容、強さに応じています。スブドでは他人との比較は無意味です。各人はそれぞれ神に導かれて自分の道を歩き、それは神の力による浄化の過程の始まりなのです。人間の内部は、怒り、不安、嫉妬、プライド、優越感、劣等感など様々な汚れに蝕れており、ラティハンの基本的な方向は、両親や先祖または過去の生活のなかで、人間の内部に積み重ねられてきた様々な汚れが少しずつ除去され、新しい生命を与えられて真の自分自身を取り戻していく道程なのです。
一概には言えませんが浄化はまず身体的なレベルから始まり、自分の意思とは無関係に内部から沸き起こる未知のエネルギーを感じ、ラティハンのなかで手を動かしたり歩いたり声を出したりします。しかし、最初の内は何事も起こらず何も感じることもなく、どうなっているのか疑問を感じる人もいますが、それは現世の影響力があまりにも身体の内部深くまで達しているためで、じつはもう開かれているのです。それを心配したり思い煩う必要はありません。そこで重要なのは、スブドの恩恵を充分に体験しようとするならば、せっかちは禁物です。飽きずにラティハンを続けていく忍耐が必要になります。ラティハン自体はとても易しいので、ラティハンを続けて行くのは簡単なようですが、じつは必ずしもそうではなく、辛抱強さは本当に神を信頼し委ねる気持ちがないとなかなか続きません。そしてラティハンの過程は身体の浄化から始まって後も途方もなく計り知れない先まで続くのです。

ラティハンを続ける上で注意すべきこと

ラティハンはそれが何であろうと何かを期待したり、自分の欲望を達成する手段として行うものではなく、その性質は神を礼拝し、神が与えるものにただ受け従っていくだけのものです。スブドは宗教とは矛盾しませんが、瞑想やチャネリングなどの修行法については、いささか問題があり、少なくともそれらをラティハンのなかに持ち込んでミックスしないことが必要です。もしラティハンにそれらのテクニックを加えてラティハンの効果を強めようとすれば、逆の結果になるでしょうし、ときには自分の内部で混乱を起こすことさえあるでしょう。またスブドによって超能力を得たいとか、あるいはさらに持っている超能力を強めようという意図をもってラティハンをすれば、かえってそれを失うはめになるでしょう。
ラティハンによる浄化の結果、生活面、経済面、あるいは健康面が改善されることは珍しくありません。例えばときにはそれが顕著な病気の治癒などにつながることもありますが、病気にも様々な原因があり、ラティハンをすれば病気が治るとか病気にならないという保証はありません。反対にそれまで隠れていた病気が表面化したり、浄化の過程を一時的に身体の不調として感じることすらあります。ですから病気治癒や現世一般のご利益を目的としてスブドに入るのはスブド本来の目的と相容れないことになります。ラティハンはむしろ、困難な状態にも対処できる内的な強さを育ててくれるものです。スブドの体験は、必要なときに神から与えられるもので、望んで得られるものではありません。

オープンについて

スブドは唯一全能なる神の力と私たちの魂との本来の結び付きを回復して、神への礼拝であるラティハンを行おうとする人々の集まりです。スブドには様々な宗教の人達や、特定の宗教を持たない人達がいます。
会員となってラティハンを行うには、まずオープンを受けなければなりませんが、オープンを受けるには17才以上で、神の大いなる力の存在を信じ、全てを託し、真剣にラティハンを受けたいと願う気持ちがあれば充分です。しかし、入会を申し込んだ後3ヶ月の待機期間があり、その待機期間中に既にスブドの会員である人々を通して色々話を聞いたり、納得のいくまで質問をしてスブドについて充分な理解を得た上でオープンに臨む必要があります(注:63才以上の人、重病人及びスブド会員の妻や子供は原則として3ヶ月待つ必要はありません)。
オープンはヘルパーという役割を持っている人達を通して行われます。ヘルパーとは、7年以上のラティハン歴があり、スブドに奉仕したいという誠実な願いを持って活動する人達で、その役割はオープンに立ち合うなど様々で全てボランティアです。
オープンに際して必要なことは、ただ心身をリラックスさせ、内部に働く神の力に逆らうことなく従うことが大事なのです。これはヘルパーにとっても同様であり、ヘルパーはオープンを受ける人に何ら意識を向けることなく、ただ自分のラティハンを行うだけです。重要なのは、そうすることで、神によって「神の力」の流れがオープナー(ヘルパー)の存在のなかを通り、新たに開かれる人に伝えられることです。頭や感情が静まるのはこの力によってであり、その結果としてオープンさせられるのです。
こうしてオープンされた新しい会員は、その後、可能な限り原則として週2回規則的に、グループラティハンに参加します。ラティハンは男女別々に行います。